ゆめのかよひぢひとめよくらむ 小倉百人一首の歌人の短歌・和歌集では、小倉百人一首の登場人物である西行法師の歌「嘆けとて月やはものを思はする かこちがほなるわが涙かな」の意味を、現代語訳として解説・紹介しています。 【意味】 市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。 壬生忠見(みぶのただみ) 小倉百人一首(番号順) 41番~50番 ”陸奥”:東北地方東半部。 みかさのやまにいでしつきかも 百人一首の意味と文法解説(69)嵐吹く三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり┃能因法師 next 百人一首の意味と文法解説(71)夕されば門田の稲葉おとづれて葦のまろやに秋風ぞ吹く┃大納言経信 ”このたびは”:「この度」と「この旅」を掛けている。 作者は第38代天皇の天智天皇。即位前の中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の時代に大化の改新を行い、天皇中心の中央集権国家の基礎を築きました。, 【読み】 在原行平・業平の甥にあたります。, 【読み】 作者は僧正遍昭(そうじょうへんじょう)。俗名は良岑宗貞(よしみねのむねさだ)です。平安時代の僧・歌人で、六歌仙・三十六歌仙の一人でもあります。 ”筑波峰”:現在の茨城県にある筑波山のこと。 【解説】 ”降りつつ”:しきりに降る様。, 古今集の詞書に「仁和のみかどみこにおはしましける時、人に若菜たまひける御歌」と書いてあることから、天皇に即位する前の歌であることがわかっていますが、贈った相手は不明です。 ”降りつつ”:ここでは「降り積もっている」という意味。, 【読み】 俗名は良岑玄利(よしみねのはるとし)で、僧正遍昭(12番歌)の子です。, 【読み】 宮廷、貴族の間で流行しました。, 百人一首は歴史的仮名遣いを用いて書かれており、このページでも歌の読みを歴史的仮名遣いで表記しています。 百人一首を用いて行う競技かるたの世界を描いた「ちはやふる」や、「うた恋い。」といった漫画が今、若い世代を中心に人気となっています。, 今再び注目を集める、百人一首。 万葉集について 秀歌撰とは、「優れた歌を集めたもの」という意味です。, 現在様々な種類の百人一首がありますが、一般的に”百人一首”というと平安時代末期から鎌倉時代の初めに歌人である藤原定家が選んだ”小倉百人一首”のことを指します。, 小倉百人一首は百人の歌人の歌を一首ずつ集めた秀歌撰として最古のもので、現在ある様々な種類の百人一首はこの小倉百人一首を模して作られたものです。, ちなみに、”小倉百人一首”という呼び方は後世の後付で、古くは”小倉山荘色紙和歌”と呼ばれていました。 【解説】 ”神のまにまに”:神の御意のままに。, 幣とは神に祈る際の捧げ物で、昔は旅に出る際に携帯して道中の道祖神に備えることで安全祈願をしていました。 【解説】 小倉百人一首の和歌を紹介しています。ここでは歌番号1番、天智天皇(てんちてんのう)の和歌の紹介をしています。他にも作者別や上の句・下の句などでも百人一首の和歌を検索・調べることが出来ます。 ”人”:都の人、家族や親しい人びと。, 作者は、参議篁(さんぎたかむら)。 ”手向山”:奈良から吉野にいたる中間の峠を指しているとも言われている。 百人一首23番 「吹くからに…」の意味と現代語訳 . 【解説】 百人一首とは、百人の歌人の歌をそれぞれ一首ずつ撰んで集めた歌集です。 その代表格である小倉百人一首は、 藤原定家 (1162~1241)が、飛鳥時代の 天智天皇 から鎌倉時代の 藤原家隆 ・ 雅経 にいたるまでの代表的な歌人、百人の歌を撰んだものです。 ”今来む”:すぐに行こう。 みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに 大空を遥かに見渡してみると、月が出ている。あの月は故郷の春日の三笠の山に出たのと同じ月なのだろうか。 【意味】 ”これやこの”:これが噂に聞くあの…。 蝉丸は盲目だったという説もあります。, 【読み】 難波潟の蘆の短いふしの間のようなほんの少しの時間にも、遭わないでこの世を過ごせと、そうおっしゃるのですか。 五節(ごせち)とは新嘗会(しんじょうえ)や大嘗会(だいじょうえ)の際に舞姫が舞う公事のことで、これは天武天皇が吉野の宮で琴を弾いた際に天女が降りてきて袖を五度翻したという故事にもとづいています。 大切なあの人へ、想いをつたえるホワイトデー。『小倉百人一首』の中に撰された、秘めていた恋心があらわれる恋の歌。心と心を結ぶ贈り物に真心をこめた限定パッケージでご用意しました。 ”しかぞ住む”:このように住んでいる。 つまり、「こひ」は「こい」に、「かは」は「かわ」となるのです。, 百人一首がカルタとして普及するようになり、様々なカルタが作られるようになった中でも特に絵画的にも優れたカルタです。 ”乱れそめにし”:乱れ初めた。「染め」とかけている。 ”くくる”:括って染めるという意味。絞り染めにすること。, 古今集の詞書に「二条の后の春宮の御息所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる」とあります。 ”都のたつみ”:方角を十二支にあてはめると、辰巳は東南にあたる。 わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと たちわかれいなばのやまのみねにおふる 【意味】 ”ちはやぶる”:神にかかる枕詞で、勢いの激しい。 ”竜田川”:現在の奈良県生駒郡にある川。 ”からくれなゐ”:真紅。 「百人一首」とは、百人の歌人の和歌を、一人一首ずつ選んだもので、一般的には1235年頃、藤原定家によって編纂された『小倉百人一首』のことを指します。. 【意味】 【意味】 小倉百人一首の歌番号42番・清原元輔(きよはらのもとすけ)の和歌を紹介しています。他にも作者別や上の句・下の句などでも百人一首の和歌を検索・調べることが出来ます。 【意味】 百人一首の23番、大江千里の歌「月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど」の意味・現代語訳と解説です。 一般教養; 2018年1 … 桓武天皇の孫で、素性法師(21番歌)の父です。, 【読み】 作者は蝉丸(せみまる/せみまろ)。平安時代の歌人で、逢坂山に住んでいました。 百人一首に見る掛詞 その1,「掛詞とは、主に和歌にで用いられる修辞法のひとつ。発音が同じまたは似た言葉に、2つ以上の意味を持たせるように使う」掛詞を50音順に一覧できるようにし、合わせて例となる和歌も掲載しています。 百人一首は、飛鳥時代から鎌倉時代初期までの代表的な歌人百人の和歌を一人一首ずつ集めて作られた秀歌撰(しゅうかせん)です。 秀歌撰とは、 「優れた歌を集めたもの」 という意味です。 【解説】 【意味】 貴方が「すぐに行く」と言ったから、九月の有明の月が出るまで待ってしまいました。 ”待ち出で”:待っているところへ出ること。, 恋人が来るのを待つ女性の気持ちになって詠んだ歌です。 【解説】 作者の菅家とは菅原道真(すがわらのみちざね)のこと。 こうして思い悩んでいる今となっては同じこと、難波の澪標のように、この身をほろぼしても貴方に逢いたい。 源氏物語の主人公である光源氏のモデルの一人といわれています。, 【読み】 あまのはらふりさけみればかすがなる 中古三十六歌仙や女房三十六歌仙などはこれを模したものです。, 歌人を左右に分けて、その詠んだ歌を各一首ずつ組み合わせて優劣を比較した遊戯のこと。 ”若菜”:早春の野に生える、食用になる若草の総称。 私の庵は都の東南にあってのどかに暮らしているが、世間の人は世を憂しとして宇治山に住んでいると言っているらしい。 恋愛の和歌50選 貴方に差し上げる為に春の野に出て若菜を摘んでいると、わたしの袖に雪が降りかかっておりました。 これやこのゆくもかへるもわかれては 【解説】 美しい日本語を感じることができる、奥深い百人一首の世界を覗いてみましょう。, [関連記事] 映画ちはやふるに出てくる百人一首の歌 この歌は陽成院が光孝天皇の第三皇女である綏子内親王に贈ったものです。, 【読み】 田子の浦の海辺に出て見渡してみると、富士の高嶺には真っ白な雪が降り積もっている。 後鳥羽院 [撰者]源通具、藤原有家、藤原定家、藤原家隆、藤原雅経、寂蓮, 平安時代中期の歌人、公卿であった藤原公任(ふじわらのきんとう)が選んだ三十六人の優れた歌人のこと。 【意味】 ”あしびきの”:山の枕詞。 わがみよにふるながめせしまに 愛国百人一首(あいこくひゃくにんいっしゅ)は、戦時中の翼賛運動のひとつとして、愛国の精神が表現されたとする名歌百首を選んだもの。皇室への崇敬や国土愛、家族愛の歌が採られている。異種百人一首のひとつ。カルタとしての遊び方については、百人一首の項を参照のこと。 百人一首 あはでこのよをすぐしてよとや ”みをつくし”:船の道標として水中に立ててある澪標と、「身を尽くし」とかけてある。, 後撰集の詞書に「事いできて後に京極の御息所につかはしける」とある歌です。 【解説】 【意味】 百人一首(ひゃくにんいっしゅ、ひゃくにんしゅ )とは、100人の歌人の和歌を、一人につき一首ずつ選んでつくった秀歌撰(詞華集)。. ながながしよをひとりかもねむ むべやまかぜをあらしといふらむ 【解説】 作者は光孝天皇(こうこうてんのう)。仁明天皇の第三皇子で、宇多天皇の父です。 【意味】 [木の間より見ゆるは谷の蛍かも いさりに海人の海へ行くかも], 【読み】 鵲が渡したという橋に置いた霜が真っ白になっているのを見ると、夜もふけたということだろう。 短歌とは?和歌との違いや有名な歌一覧 ”うち出でて”:「うち」は接頭語。ただ「出て」という意味。 ”過してよとや”:「過してよ」で「過ごして欲しい」、「とや」は「とおっしゃるのですか。」との意味。, 【読み】 ”衣手”:着物の袖のこと。 【意味】 ”ふりさけ見れば”:「ふり」は接頭語。「遠くを見渡すと」という意味。 よをうぢやまとひとはいふなり 【意味】 ”いなばの山の”:因幡(鳥取県)の稲葉山。または広く因幡の国の山とする説もある。 【解説】 【解説】 【解説】 百人一首21番 「今来むと…」の意味と現代語訳 百人一首の21番、素性法師の歌「今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな」の意味・現代語訳と解説です。 素性法師. 【解説】 奥山で散り敷いた紅葉を踏み分けて鳴く鹿の声を聞くとき、とりわけ秋が悲しく感じられる。 大海原の島々を目指して漕ぎだして行ったと、都の人には告げてくれ、漁師の釣り船よ。 「深く考えこむこと」ですが、「入る」は「山に入る=隠遁する」と重ね合わされ、「隠棲しようと思い詰め、山に入る」という意味になります。 ころもほすてふあまのかぐやま 【解説】 【解説】 秋の田に作った仮小屋にいると、屋根を葺いた苫の目が荒いので、私の袖は夜霧に濡れてしまう。 【百人一首 84番】ながらへば…歌の現代語訳と解説! 藤原清輔朝臣はどんな人物なのか プライバシーポリシー 問い合わせ 2019–2020 百人一首解説サイト 【解説】 ”来にけらし”:「来にけるらし」の略で、「来たらしい」という意味。 【解説】 ”漕ぎ出でぬ”:「ぬ」は完了の助動詞。漕ぎだしたということ。 【解説】 ”山嵐”:山から吹きおろす風のこと。 つまりこの歌は屏風の絵を見て詠んだ歌。二条の妃(高子)とかつて恋愛関係にあった作者が、昔の恋を思い起こさせる為により大げさに詠んだと言われています。 月を見ると、色々な物事が悲しく感じられる。私一人だけに来た秋ではないのだけれど。 なにはがたみじかきあしのふしのまも ”難波なる”:難波にある。 ”苫”:藁や萱を編んだもの。これで屋根を葺く。, 万葉集にある作者不明の歌「秋田刈る仮庵を作りわが居れば衣手寒く露ぞ置きにける」が基になっているとも言われますが、小倉百人一首には天皇が士民の苦労をいたわった歌として選ばれています。 わがみひとつのあきにはあらねど 文屋朝康(37番歌)の父でもあります。 ”ぬさ”:幣のこと。 ”夢の通い路”:夢の中で逢いにいく路のこと。 ”神代”:神がおさめていた時代。 ”住の江”:現在の大阪市、住吉の浦。 陸奥産のしのぶずりの乱れ模様のように私の心も乱れているのは、他ならぬ貴方の為なのです。 【意味】 ”よにふる”:世渡りすることの世に”経る”と雨が”降る”をかけている。 【解説】 ”しのぶもぢすり”:福島県信夫地方の特産品で、捩れ模様の摺り衣のこと。 ”花の色は”:桜の花の色のことを指している。 ”白妙の衣”:真っ白な衣のこと。白妙は白栲のあて字で、楮の繊維で織られる。, 【読み】 わびぬればいまはたおなじなにはなる 小倉百人一首の全首につき替歌(パロディ)を創作した狂歌集です。天保十四年(1843)、蘆間蟹彦の編輯により『蜀山先生 狂歌百人一首』として大阪で出版されました。蜀山先生とは大田南畝(1749-1823)。 ”世をうぢ山”:憂し(つらい)と住んでいる宇治をかけている。, 作者は喜撰法師(きせんほうし)。六歌仙の一人ですが、生没年などの詳細は謎に包まれています。現在伝わっているこの和歌と、玉葉和歌集に載っている下記の歌2首しかありません。 かささぎのわたせるはしにおくしもの 空を吹く風よ、雲の中の通り道をふさいでおくれ。この美しい天女の姿をもう少しとどめておきたいのだ。 ”よるさへや”:明るい昼だけでなく、人に見られる心配が無い夜でさえもという意味。 作者は美男子として有名だった在原業平(ありわらのなりひら)。在原行平(16番歌)の異母弟です。六歌仙、三十六歌仙の一人で、伊勢物語は業平を主人公にしています。, 【読み】 【解説】 【意味】 ”ものこそ悲しけれ”:物事が悲しい。, 作者は大江千里(おおえのちさと)。平安前期の歌人、貴族で、中古三十六歌仙の一人です。 ”吹くからに”:吹くとすぐに。 【意味】 こひぞつもりてふちとなりぬる 【意味】 【意味】 『ちはやふる 百人一首意味』の関連ニュース. 吹くとすぐに秋の草木がしおれてしまうので、なるほど山嵐をあらしと言うのだろう。 この歌の背景には、作者の参議篁こと小野篁(おののたかむら)が体験したある事件があります。 からくれなゐにみづくくるとは ”あらし”:「嵐」と「荒し」を掛けている。, 縦に「山嵐」と書くと「嵐」の字になる文字遊びが隠された歌です。 作者は中納言行平。在原行平(ありわらのゆきひら)として知られる、平安時代の歌人・公家で在原業平(17番歌)の異母兄です。, 【読み】 この歌は二人の関係が露顕してしまい、遭うことが出来なくなった今となっては身を滅ぼしてでも逢いたいという強い気持ちを詠んだ歌です。 ”鵲”:カラス科の鳥のこと。, かささぎが七夕の夜、天の川に翼を連ねて橋を掛け、織女を渡したという伝説を元にしています。 作者は素性法師(そせいほうし)。三十六歌仙の一人です。 そして「色紙和歌」とある通り、この百人一首は小倉山荘の襖を和歌の色紙で飾る為に藤原定家に選出させたものだったのです。, この小倉百人一首が完成したのは、1235年5月27日。 いまこむといひしばかりにながつきの おくやまにもみぢふみわけなくしかの 「枕詞」は「まくらことば」と読み、『古事記』や『日本書紀』にも使われています。主に和歌などに用いられる古典的な修飾語で、修飾あるいは句の調子を整えるために特定の語句の前に置かれる語句です。 一般的に5音の語句が多く用いられており、現代語に訳されることはないものの意味が全くな … たごのうらにうちいでてみればしろたへの ”うつりにけりな”:色があせること。 ”みなの川”:男女川や、水無川の字をあてる。やがて桜川となり霞ヶ浦に入る川。 百人一首について詳しく紹介しています。ここでは小倉百人一首の上の句の歌を50音順で検索できます。他にも、歌番号や下の句の50音順、作者別などでも百人一首を検索して調べることが出来ます。 ”むべ”:なるほど。「うべ」とも言う。 ”蘆の節の間”:蘆の節と節の間はつまっていて短いことから、時間の短さとかけている。 性を二枚目と呼ぶのはなぜ?得意なことを十八番と呼ぶのはなぜ?, 2020年春夏秋冬の土用の食べ物とは?何を食べればいいの?, 天皇陛下の名前と苗字とは?仕事は国民のために祈ること?, 日本で二番目に高い山はどこ?日本の二番目をまとめてみました!, おせち料理の中身の種類にはどんな意味や願いが込められているの?, 【夏の短歌30選】有名な夏の短歌(和歌)一覧 名作短歌の作者・意味とは?. あしびきのやまどりのをのしだりをの ”みじかき”:蘆ではなく、「ふしの間」にかかる。 わがいほはみやこのたつみしかぞすむ つきみればちぢにものこそかなしけれ 学生時代に習った「百人一首」。歌の意味をきちんと知ると、現代にも通じる驚くべき普遍性があることがわかります。今回は百人一首の中でも言わずと知れた著名人、紫式部と清少納言の歌について解説 … ”天つ風”:空を吹く風。「つ」は現在の「の」にあたる古い助詞。 作者は大伴家持(おおとものやかもち)。小倉百人一首では中納言家持となっています。三十六歌仙の一人で、万葉集を最終的に編集したのは家持とも言われています。, 【読み】 ”天の原”:大空。 ”春日”:現在の奈良市、春日神社のあたり。, 唐朝に仕えていた作者が月を仰ぎ、故郷への思いを募らせた歌です。 すみのえのきしによるなみよるさへや あまつかぜくものかよひぢふきとぢよ 百人一首の和歌の現代訳を一覧にして紹介をしています。また、現代訳のほか、百人一首の和歌は番号順に検索できるほか、作者別や上の句・下の句の50音順や、季節の歌や恋の歌なども検索して調べるこ … みをつくしてもあはむとぞおもふ 作者は安倍仲麿(あべのなかまろ)。唐朝で高官にまで登りつめたものの、結局日本への帰国は果たせませんでした。 まつとしきかばいまかへりこむ 大宰府で左遷されたエピソードで有名ですが、現在は学問の神様としても知られています。, 「ちはやふる」公式和歌ガイドブック ちはやと覚える百人一首 早覚え版 (KCデラックス), わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波 (法性寺入道前関白太政大臣), きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む (後京極摂政前太政大臣). 真冬に隠岐に島流しされる自身の心情が痛いほど込められている歌です。, 【読み】 市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。 坂上是則(さかのうえのこれのり) 小倉百人一首(番号順) 31番~40番 ”今はた同じ”:「はた」は「また」。 ”をとめ”:ここでは天女の意味。, この歌は五節の舞姫を天女に見立てた歌です。 ふくからにあきのくさきのしをるれば こえきくときぞあきはかなしき 競技かるたのルールと決まり字一覧, 百人一首を全首、一覧でご紹介したいと思います。 百人一首の一覧表(意味・現代語訳・文法の解説) 百人一首の意味:歌番号1~25 (1) 天智天皇 (てんじてんのう) 原文. 愛知の三河、京都の山城の地方官として働き、身分は低かったものの歌人として名を残しました。, 【読み】 しるもしらぬもあふさかのせき あきのたのかりほのいほのとまをあらみ ”あふ坂の関”:大津と京都の中間にあった関。, 逢坂の関は京の都の玄関口。そこで出逢いと別れを繰り返す旅人を眺めながら詠んだ歌です。 ”わびぬれば”:「わび」は心に思い悩むこと。 自身の生活や容姿が時とともに変わっていくことを情緒的に詠んだ歌です。 【解説】 源氏物語の主人公である光源氏のモデルの一人といわれています。, 【読み】 【2001年9月30日配信】[No.038] 【今回の歌】 月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど 大江千里(23番) 『古今集』秋上・193 「哀愁」「旅愁」などに使われる「愁(しゅう)」の文字は、 「秋の心」と書きますよね。 みだれそめにしわれならなくに はなのいろはうつりにけりないたづらに 【2001年9月20日配信】[No.037] 【今回の歌】 吹くからに 秋の草木(くさき)の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ 文屋康秀(22番) 『古今集』秋下・249 秋が深まる頃になると、秋風が渺々(びょうびょう)と吹きは じめるようになります。 下記のリンクからそれぞれの歌へ飛ぶ事が出来ます。, 【読み】 しろきをみればよぞふけにける 作者は小野小町(おののこまち)。平安時代の女流歌人で、世界三大美女の一人としても有名です。, 【読み】 わがころもてはつゆにぬれつつ 京極の御息所は藤原時平の娘褒子で、宇多天皇の妃です。 ”雲の通ひ路”:ここでは天女が天井へ帰る雲の切れ間の路のこと。 これがあの、行く人も帰る人も、知る人も知らぬ人も逢っては別れる逢坂の関なのですね。 ”八十島”:多くの島々。 【意味】 をとめのすがたしばしとどめむ ”かりほの庵”:「仮庵の庵(かりいほのいおり)」の語調を整えたもの。農作業用の小屋のこと。 この「小倉百人一首」を選んだ歌人です。 第83番の歌人である藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)は父親です。 和歌を読むのが上手で、また和歌の研究にも熱心だったので、歌学者としても重んぜられまし … ”ちぢに”:色々に。様々に。 ひとにはつげよあまのつりぶね 百人一首歌人年表|生没・人物年表, 百人一首は、飛鳥時代から鎌倉時代初期までの代表的な歌人百人の和歌を一人一首ずつ集めて作られた秀歌撰(しゅうかせん)です。 作者は河原左大臣。本名を源融(みなもとのとおる)といいます。 2020年7月9日. 学生時代に勉強したり、お正月にかるたで遊んだ記憶がある方も多いのではないのでしょうか。 ”かけて”:目がけて。 ”淵”:川の深くよどんだところ。, 作者は陽成院(ようぜいいん)。9歳で即位したものの非常識な行動が多いとして17歳で退位させられ、その後は隠遁生活を送りました。陽成院は清和天皇の皇子で、元良親王(20番歌)の父です。 ”あはで”:逢わないで。 ”人めよく”:人目をさける。, 古今集の詞書に「寛平の御時きさいの宮の歌合の歌」とあり、宇多天皇の御代に皇后温子のもとで行われた歌合の際の歌です。 光源氏のモデルの一人とされています。, 【読み】 筑波山の峰から流れ落ちるみなの川が積もり積もって深い淵となるように、私の恋心もどんどん深くなるばかりだ。 百人一首の和歌を現代訳にして、大体の意味や内容などを紹介しています。 百首のすべてを一覧にするとかなり長くなってしまうので、ここでは和歌番号76~100のものを紹介しています。 読み手が上の句を読み上げ、それに合う下の句を取る速さを競う競技です。, この競技かるたの世界を描いたのが、人気漫画「ちはやふる」。 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ、わが衣手は 露に濡れつつ (あきのたの かりほのいほの とまをあらみ、わがころもでは つゆにぬれつつ) ちはやふるに出てくる百人一首の歌 【これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関】小倉百人一首から、蝉丸の和歌に現代語訳と品詞分解をつけて、古文単語の意味や、助詞および助動詞の文法知識について解説しました。また、くずし字・変体仮名で書かれた江戸時代の本の画像も載せております。 このたびはぬさもとりあへずたむけやま 作者は元良親王(もとよしてんのう)。平安時代の歌人・皇族で、陽成天皇(13番歌)の第一皇子です。 ありあけのつきをまちいでつるかな ちはやふるは映画化もされており、「上の句」「下の句」「結び」の3作品が公開されています。, [関連記事] ”難波潟”:大阪付近の海の古称。 ”わたの原”:大海原のこと。「わた」は海の古語。 今回の旅は急なことでしたので幣の用意も出来ませんでした。手向山の紅葉を神のお心のままにお受け下さい。 ”田子の浦”:現在の静岡県富士郡元吉原の海岸のこと。富士山を眺めるには最適の場所と言われていた。 ”奥山”:人里離れた奥深い山。, 雄鹿が求愛の際に鳴く声は、秋の風物詩でした。 わがころもでにゆきはふりつつ 全和歌の朗読動画については四季の美の公式Youtubeをご覧下さい。 作者は柿本人麻呂。飛鳥時代の歌人です。三十六歌仙の一人で、歌聖とも評されています。, 【読み】 弘法大師に並ぶ書家でもありました。, 【読み】 百人一首の中で唯一、異国の地で詠まれた歌です。, 【読み】 住の江の岸に波が寄るその夜でさえ、夢の通い路でも貴方は人目を避け逢ってくださらないのでしょうか。 百人一首のそれぞれの歌に込められた意味・解説・翻訳・読み方を一覧表にまとめてみたいと思います。 1 秋の田の〜(読み方・意味・解説) 1 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ … 【意味】 「小倉山荘」というのは、京都の小倉山にあった武将・歌人である宇都宮頼綱の別荘のこと。 なので5月27日は”百人一首の日”となっています。, 小倉百人一首は、下記の勅撰集(天皇の勅命によって選出された歌集)から和歌が選ばれ、年代順に並べられています。, ◯後撰和歌集 7首 作者は藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)。平安前期の歌人、貴族で三十六歌仙の一人です。 ”しだり尾”:垂れ下がっている尾のこと。, 山鳥はひとり寝をする習性があるという言い伝えから、わびしい気持ちを重ねた歌です。 つくばねのみねよりおつるみなのがは 【解説】 花の色は、すっかりあせてしまいました。むなしく長雨が降り、物思いにふけっている間に。 古今集の時代には、紅葉を踏み分けているのは鹿ではなく作者自身と解していましたが、藤原定家ら後世になってからは踏み分けているのは鹿であるという解がなされています。 春が過ぎ、夏が来たらしい。夏になると白い衣を干すという天の香具山に真っ白な衣が干されている。 貴方と別れ因幡の国へ行っても、稲羽山の峰に生える松のように貴方が待つと聞いたならすぐに帰ってきます。 ふじのたかねにゆきはふりつつ 【意味】 【意味】 舞姫には公卿・国司の家の姫が4人選ばれて、舞を披露していました。 ”山どり”:キジ科に属す鳥。 はるすぎてなつきにけらししろたへの 【意味】 ちはやぶるかみよもきかずたつたがは 【意味】 それは篁が遣唐副使に任ぜられ船で出発する際、大使である藤原常嗣が自分の破損した船に篁を乗せ、篁の船に常嗣が乗ろうとした横暴に篁が反発し、船に乗らなかった事で嵯峨天皇の怒りにふれ、隠岐に流されてしまったということ。 もみぢのにしきかみのまにまに 村上天皇 [撰者]清原元輔、紀時文、大中臣能宣、源順、坂上望城, ◯新古今和歌集 14首 ”ながめ”:”長雨”と”眺め”をかけている。, 歌の詞書は、「やむごとなき人のしのび給ふに」。 競技かるたのルールと決まり字一覧まとめ 山鳥のあのたれさがった尾のように長い夜を、私は一人で寂しく眠るのであろうか。 作者は尾形光琳。琳派と呼ばれる画派を生み出した始祖としても有名です。, 百人一首を用いて行うのが、競技かるたです。 百人一首に撰ばれた100人の歌人たちの、誰も知らない“しょんぼり”エピソード満載! ”まつとし聞かば”:「松」と「待つ」を掛けている。「し」は意味を強める助詞。, 因幡守として遠方に赴任する際に見送りに来てくれた人へ贈った歌です。 【解説】 きみがためはるののにいでてわかなつむ ”有明の月”:夜が明けたのに空に残る月のこと。 『しょんぼり百人一首 ~それでも愛おしい歌人たち~』発売! 不思議なことが多かった神代にも聞いたことがない。竜田川が真っ赤に括り染めになるなんて。 作者は猿丸大夫(さるまるのたいふ/さるまるだゆう)。三十六歌仙の一人です。, 【読み】 ”我ならなくに”:私ではないのに。, 恋心の乱れと信夫もじ摺に重ねて詠んだ歌です。 【意味】 【解説】 作者は文屋康秀(ふんやのやすひで)。平安初期の歌人で、六歌仙の一人です。 初めは百人一首の短歌に親しみながら、上の句・下の句を読むとよいでしょう。 自然と、上の句の流れから下の句が言えるようになってきます。 スマホの方は横にすれば1列で見れます。 覚え方初級 ピンク札の一覧(赤色・赤札) 桃 上の句 歴史的仮名遣いは現代仮名遣いとはちがって、例えば語頭と助詞以外の「は・ひ・ふ・へ・ほ」は「わ・い・う・え・お」に置き換えます。 『小倉百人一首』と呼ばれるのは、定家がこれを編纂した場所が京都府嵯峨野にある小倉山の麓であったからと伝えられています。.